日本人選手のメジャーリーグ(MLB)挑戦の歴史

日本人選手のメジャーリーグ(MLB)挑戦の歴史

メジャーリーグ
村上雅則さんが短期間ながら活躍、イチロー選手、新庄剛志選手が相次いでメジャー移籍で大活躍。1990年代までのメジャーリーグ、2000年以降のメジャーリーグについて説明します。

1990年代までのメジャーリーグ(MLB)

1990年代前半まで、何度か移籍が噂されるケースはあったものの、日本人選手のメジャーリーグ(MLB)移籍はなかなか実現しませんでした。
それまでに唯一成功した例は、1960年代にマッシー村上の愛称として知られる村上雅則さんが短期間ながら活躍したケースだけと言われています。
そんな中、風穴を開けたのが1990年代前半に近鉄にて圧倒的な活躍をしていた野茂英雄投手で、彼は1994年のオフにおけるクラブとの様々な軋轢を経て、MLBのLAドジャースに移籍することに成功しました。
そして、当時の日本最高峰の投手であった野茂投手は1年目から現地で大活躍し、1年目でオールスター出場を果たすなど、メジャーリーグの試合を日本のメディアが伝えるという文化が形成されることに大きく貢献しました。
そして、野茂投手の成功によって日本人投手でもMLBで通用する事が明確になり、まず投手のメジャー移籍が活発化し、次々に現地で活躍し始めました。
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2000年以降のメジャーリーグ(MLB)

一方で野手のメジャーリーグ(MLB)移籍はなかなか実現していませんでしたが、2000年秋にイチロー選手、そして新庄剛志選手が相次いでメジャー移籍を発表しました。
そして、1年目となる2001年から共に大活躍し、日本人野手もメジャーリーグ(MLB)で通用することが明確に証明されました。
それにより、2002年以降、投手に続いて野手のメジャーリーグ(MLB)移籍も一気に活発化しました。
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その中でもパイオニアであるイチロー選手の活躍は素晴らしく、4年目となる2004年にはメジャーリーグ(MLB)の年間最多安打記録を84年ぶり塗り替えました。
さらに、活躍は長く続き、日米通算4000本安打を達成した上に、日本での安打数も加えた本数ながら生涯安打数でもMLB記録を塗り替え、現地でもリビングレジェンドといえる存在にまでなりました。

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