日本のテニス界の歴史

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日本のテニス界の歴史

伊達公子の活躍は目覚ましく最高世界順位4位まで上昇し松岡修造は世界的に活躍。ダブルス分野での世界的なトップ選手杉山愛、世界ランク5入りを果たした錦織圭。
20世紀のテニス界、21世紀のテニス界について説明します。

20世紀のテニス界

日本のテニス界の歴史は長く、1800年代後半には既に海外の影響で庭球(軟式)を楽しむ人が存在していたことが明らかになっています。
その後、1921に日本庭球協会が設立され、第二次世界大戦前後から国際的に活躍する日本人選手が現れ始めました。
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その後、女子分野の活躍が目覚ましく沢松(吉田)和子、佐藤直子、伊達公子といった選手、さらには沢松和子の姪にあたる沢松奈生子といった世界的な女子選手が次々に現れました。
その中でも1990年代の伊達公子の活躍は目覚ましく、1993年頃から世界ランキングはどんどん上昇しはじめ、最新の世界ランキングが発表されると彼女の順位昇降が新聞で毎回大きく報道される現象にまでなりました。
そして、彼女は最高世界順位4位まで上昇し、公式戦でグラフ選手に勝つなど、世界のトップ女子テニス選手の一人まで成長しましたが、1996年に25歳の若さで引退しました(その後には現役復帰)。
一方、男子は1990年代半ばに松岡修造が世界的に活躍した以外では世界的に通用しない時代が長く続きました。

21世紀のテニス界

その後、1990年代後半に現れた杉山愛が2000年代を通じて、ダブルスを中心に活躍し、ダブルス分野での世界的なトップ選手の一人となりました。
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一方で男子選手は2000年代後半に入り、錦織圭(1989年生まれ)という10代の将来有望な若手がようやく登場。
途中で怪我に苦しみ、キャリア継続が危ぶまれた時期すらありましたが、2010年代に入って復活し、2011年には男子選手の世界ランキング最上位記録をようやく塗り替えました。
そこからの活躍は目覚ましく、特に2011年11月に当時世界ランク1位だったジョコビッチを破った際は日本人が初めて世界ランク1位に勝ったという事で大きなニュースとなりました。
その後も彼の活躍はとどまることを知らず、2014年春には日本人男子選手として初めて世界ランクTOP10入りし、同年秋には世界ランク5入りを果たしました
そうして日本中に錦織圭フィーバーが起き、現在、日本でのテニス人気は大きく上昇しています。

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